- 歌の意味
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旅寝の日が続くことになったならば、山の辺という所に、白雲ではない私が宿ることになるのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十九 離別歌 1358
詞書「初瀬へ詣づとて、山の辺といふわたりにて詠み侍りける」
旅となったならば、山の辺に白雲ならぬ私が宿るのだろうか、と詠んだ歌である。初瀬詣での途中、山の辺という地名から、山辺にかかって宿る白雲を思い、白雲でもない自分がこの山辺に旅寝するのかと興じている。
詞書によれば、初瀬へ参詣する途中、山の辺というあたりで詠んだ歌である。
作者の伊勢は、伊勢守藤原継蔭の娘で、宇多天皇の女御藤原温子に仕えた。宇多天皇の寵を受け、のちに敦慶親王との間に中務を生んだ。三十六歌仙の一人で、小倉百人一首には「難波潟短き葦のふしの間も」の歌が採られている。
初句「草枕」は、「旅」にかかる枕詞である。
二句「旅となりなば」は、旅寝をすることになったならば、の意で、「なば」は仮定を表す。
三句「山の辺に」は、山の辺という所に、の意で、詞書の地名を詠み込み、山のほとりの意を重ねている。
四句「白雲ならぬ」は、白雲ではない、の意で、山辺にかかって宿るのは白雲であるという見方を踏まえている。
結句「我や宿らむ」は、私が宿るのだろうか、の意で、「や」は疑問の係助詞で、連体形「らむ」で結ぶ係り結びとなっている。
やまのべ:大和の国の地名、山のほとり
はつせ:大和の国の地名、長谷寺のある地
- 作者
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伊勢
- 出典
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後撰和歌集
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ひぐらしの山路を暗みさ夜ふけて 木の末ごとに紅葉照らせる
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水も狭にうきぬる時はしがらみの うちのとのとも見えぬ紅葉葉