雲居にてあひ語らはぬ月だにも
我が宿過ぎて行く時はなし
- 歌の意味
-
遠い空にあって親しく語り合うこともない月でさえも、私の家を素通りして行く時はないのに。
- 鑑賞
-
巻第八 雑歌上 437
詞書「参議玄上が妻の、月の明かき夜、門の前を渡るとて消息言ひ入れて侍りければ」
遠い空にあって語り合うこともない月でさえ、私の家を素通りすることはないと詠み、立ち寄らずに通り過ぎた相手を恨む歌である。詞書から、参議玄上の妻が月の明るい夜に門の前を通りかかり、言葉だけを言い入れてきたので返した歌とわかる。月の光が必ず宿に射し入ることを引き合いに、訪ねてくれなかった寂しさを軽い恨みとして伝えている。前歌の待たれる月に対し、この歌は自ら訪れる月を詠んでいる。
作者の「伊勢」は、平安時代前期から中期の女流歌人で、藤原継蔭の娘である。宇多天皇の中宮温子に仕え、中務の母となった。三十六歌仙に数えられる。
初句「雲居にて」は、遠い空にあって、の意である。本巻の第四百七十首の二句「ほどは雲居に」も、遠く隔たった所を雲居という。
二句「あひ語らはぬ」は、親しく語り合うこともない、の意である。
三句「月だにも」は、月でさえも、の意で、「だに」は軽いものを挙げて重いものを類推させる副助詞である。
四句「我が宿過ぎて」は、私の家を素通りして、の意である。
結句「行く時はなし」は、行く時はない、の意で、月でさえ立ち寄るのにという言外の恨みを込めている。
くもゐ:雲のある所。遠い空
せうそこ:手紙や伝言
- 作者
-
伊勢
- 出典
-
拾遺和歌集
- 前の歌
-
有明の月の光を待つほどに 我が世のいたくふけにけるかな
- 次の歌
-
もち月の駒より遅く出でつれば たどるたどるぞ山は越えつる