古典和歌stream

いなせとも言ひ放たれず憂きものは
身を心ともせぬ世なりけり

歌の意味
いやともよいとも、はっきり言い切ることができない。つらいものは、我が身を自分の心のままにできないこの世の中なのであった。
鑑賞
巻第十三 恋歌五 937

詞書「親の守りける女を、否とも諾とも言ひ放てと申しければ」
 いやともよいともはっきり言えない、つらいのは我が身を心のままにできないこの世だった、と詠んだ歌である。親の監視のもとで自由にならない身の上を嘆き、はっきりした返事を求める男に、自分の意志では答えられない事情を伝えている。
 詞書によれば、親が厳しく見守っている女に、男が「いやともよいともはっきり言ってくれ」と言ってきたので答えた歌である。前歌の第九百三十六首に続く伊勢の歌である。
 作者の伊勢は、藤原継蔭の娘で、宇多天皇の中宮温子に仕え、宇多天皇の寵を受けた。三十六歌仙の一人で、小倉百人一首には「難波潟短き葦のふしの間も」の歌が採られている。

 初句「いなせとも」は、いやともよいとも、の意で、「いな」は拒否、「せ」は承諾を表す。詞書の言葉をそのまま受けている。
 二句「言ひ放たれず」は、はっきり言い切ることができない、の意で、「れ」は可能の助動詞「る」である。ここで句切れとなる。
 三句「憂きものは」は、つらいものは、の意である。
 四句「身を心とも」は、我が身を自分の心のままに、の意である。
 結句「せぬ世なりけり」は、できないこの世の中であった、の意で、「けり」は気づきの詠嘆を表している。

いなせ:「否(いな)」と「諾(せ)」、承知か不承知か
いひはなつ:きっぱりと言い切る
作者
伊勢
出典
後撰和歌集
前の歌
わび果つる時さへものの悲しきは いづこを忍ぶ心なるらん
次の歌
来ずやあらん来やせんとのみ河岸の まつの心を思ひやらなん