我こそは憎くもあらめ我が宿の
花見にだにも君が来まさぬ
- 歌の意味
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私のことは憎くもあるのだろう。けれど、我が家の花見にさえも、あなたはおいでにならないのか。
- 鑑賞
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巻第十九 雑恋 1261
詞書「題しらず」
私のことは憎くもあるのだろうが、我が家の花見にさえあなたはおいでにならないと詠む歌である。自分が嫌われているのは仕方がないとしても、せめて花を見るためになら訪れてもよいはずなのにと、すっかり訪れの絶えた相手を恨んでいる。
作者の伊勢は、伊勢守藤原継蔭の娘で、宇多天皇の中宮温子に仕えた。三十六歌仙に数えられ、百人一首の「難波潟」の歌で知られる。
初句「我こそは」は、私こそは、の意で、係助詞「こそ」は二句の「め」で結ぶ係り結びである。
二句「憎くもあらめ」は、憎くもあるだろう、の意で、「め」は推量の助動詞「む」の已然形である。「こそ…め」が逆接となって下に続いている。
三句「我が宿の」は、私の家の、の意である。
四句「花見にだにも」は、花見にさえも、の意で、「だに」は軽いものを挙げて重いものを類推させる副助詞である。
結句「君が来まさぬ」は、あなたはおいでにならない、の意で、「ます」は尊敬の補助動詞、「ぬ」は打消の助動詞「ず」の連体形で、詠嘆をこめて言いさしている。
きます:来ます。おいでになる
- 作者
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伊勢
- 出典
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拾遺和歌集
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つらきをば常なきものと思ひつつ 久しきことを頼みやはせぬ
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石見潟なにかはつらきつらからば うらみがてらに来ても見よかし