海とのみまとゐの中はなりぬめり
そながらあらぬ影の見ゆれば
- 歌の意味
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団らんの中は、ただ涙の海となってしまったようだ。昔のままでありながら、昔とは違うお姿が見えるので。
- 鑑賞
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巻第十五 雑歌一 1098
詞書「御返し」
団らんの中はただ涙の海となったようだ、昔のままでありながら昔とは違うお姿が見えるので、と詠んだ歌である。前歌の涙の露を受けて、露どころか海となったと応じ、剃髪した法皇の姿を前にした悲しみを詠んでいる。
前歌の七条后の歌に対する伊勢の返しである。
作者の伊勢は、伊勢守藤原継蔭の娘で、七条后藤原温子に仕えた。宇多天皇の寵を受け、のちに敦慶親王との間に中務を生んだ。三十六歌仙の一人で、小倉百人一首には「難波潟短き葦のふしの間も」の歌が採られている。
初句「海とのみ」は、海とばかり、の意で、前歌の「露」を受けて、涙が海ほどになったと誇張している。
二句「まとゐの中は」は、団らんの場は、の意で、前歌の結句の「まとゐ」を受けている。
三句「なりぬめり」は、なってしまったようだ、の意で、「ぬ」は完了、「めり」は目に見えることに基づく推定を表す。ここで句切れとなる。
四句「そながらあらぬ」は、そのままでありながら、そうではない、の意で、昔の法皇でありながら昔の姿ではないことをいう。
結句「影の見ゆれば」は、お姿が見えるので、の意で、「影」は姿の意である。剃髪した法皇の姿を指している。
かげ:姿
まとゐ:人々が輪になって集まること。団らん
- 作者
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伊勢
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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言の葉に絶えせぬ露は置くらむや 昔おぼゆるまとゐしたれば
- 次の歌
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何せんにへたのみるめを思ひけん 沖つ玉藻をかづく身にして