何せんにへたのみるめを思ひけん
沖つ玉藻をかづく身にして
- 歌の意味
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どうして浜辺の海松布、つまり身近なみるのことなどを思っていたのだろう。沖の美しい藻を潜って採る、褒美をいただく身でありながら。
- 鑑賞
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巻第十五 雑歌一 1099
詞書「志賀の唐崎にて祓へしける人の下仕へに、みるといふ侍りけり、大伴黒主そこにまで来て、かのみるに心をつけて言ひたはぶれけり、祓へ果てて、車より黒主に物かづけける、その物の腰に書きつけて、みるに送り侍りける」
沖の玉藻をかずく身でありながら、どうして浜辺のみるめなどを思っていたのだろうか、と詠んだ歌である。「みるめ」に海藻の海松布と下仕えのみるを掛け、主人から褒美の品をいただいたことを、沖の玉藻を被く海人にたとえて、戯れの恋を打ち消してみせている。
詞書によれば、志賀の唐崎で祓をした人の下仕えに「みる」という女がいて、大伴黒主がそこまで来て、みるに心をかけて戯れ言を言った。祓が終わり、車の中から黒主に褒美の品が与えられたので、その品の腰に書きつけて、みるに送った歌である。
作者の「くろぬし」は大伴黒主である。近江国滋賀郡の人と伝えられ、六歌仙の一人に数えられる。
初句「何せんに」は、何のために、どうして、の意で、自らの思いをいぶかる言い方である。
二句「へたのみるめを」は、浜辺の海松布を、の意で、「へた」は海辺、「みるめ」に海藻の海松布と、下仕えの「みる」の名を掛けている。
三句「思ひけん」は、思ったのだろうか、の意で、「けん」は過去の原因推量の助動詞である。初句の「何せんに」と呼応し、ここで句切れとなる。
四句「沖つ玉藻を」は、沖の美しい藻を、の意で、主人から賜った褒美の品をたとえている。
結句「かづく身にして」は、かずく身でありながら、の意で、「かづく」に海人が海に潜る「潜く」と、褒美を肩に受ける「被く」を掛けている。
へた:海辺。岸
みるめ:海藻の海松布の意と、下仕えの「みる」の名を掛ける
かづく:水に潜る意と、褒美を肩に受ける意を掛ける
はらへ:神に祈って罪や穢れを除く行事
- 作者
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大伴黒主
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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海とのみまとゐの中はなりぬめり そながらあらぬ影の見ゆれば
- 次の歌
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昼なれや見ぞまがへつる月影を 今日とや言はむ昨日とや言はん