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伊勢わたる川は袖より流るれど
問ふに問はれぬ身はうせぬめり

歌の意味
伊勢を流れ渡る川は私の袖から流れ出るほどに涙があふれるけれど、こちらから尋ねても尋ねてはもらえないこの身は、消え失せてしまうようだ。
鑑賞
巻第十八 雑歌四 1256

詞書「題しらず」
 伊勢を流れる川は私の袖から流れ出るけれど、尋ねても尋ねてもらえない身は消え失せてしまいそうだ、と詠んだ歌である。自分の名の「伊勢」を詠み込み、袖から川のように流れる涙と、顧みられずに消え入るような身の心細さを詠んでいる。
 作者の伊勢は、伊勢守藤原継蔭の娘で、宇多天皇の女御藤原温子に仕えた。宇多天皇の寵を受け、のちに敦慶親王との間に中務を生んだ。三十六歌仙の一人で、小倉百人一首には「難波潟短き葦のふしの間も」の歌が採られている。
 なお本文の結句は「身はうせぬめり」とあり、読み仮名の行の「みはうきぬめり」と一致しない。ここでは本文の表記に従う。

 初句「伊勢わたる」は、伊勢の国を流れ渡る、の意で、作者自身の名の「伊勢」を詠み込んでいる。
 二句「川は袖より」は、川は袖から、の意で、袖を濡らす涙を川にたとえている。
 三句「流るれど」は、流れるけれど、の意で、「ど」は逆接を表す。
 四句「問ふに問はれぬ」は、こちらから尋ねても尋ねてはもらえない、の意で、同じ動詞を重ねて、一方的な思いを表している。
 結句「身はうせぬめり」は、この身は消え失せてしまうようだ、の意で、「めり」は推量を表す。

うす:消えてなくなる
作者
伊勢
出典
後撰和歌集
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