いつしかとまつちの山の桜花
待ちてもよそに聞くが悲しさ
- 歌の意味
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早く早くと待っていた待乳山の桜花のようなあなたを、待ってもなお、よそごととして人づてに聞くのが悲しい。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌四 1255
詞書「遠き国に侍りける人を、京に上りたりと聞きてあひ待つに、まうで来ながら問はざりければ」
早くと待った待乳山の桜花を、待っても人づてに聞くのが悲しい、と詠んだ歌である。上京したのに訪ねて来ない人を、咲くのを待ちわびた桜にたとえ、待ったかいもなく噂に聞くだけの悲しさを訴えている。
詞書によれば、遠い国にいた人が京に上ったと聞いて待っていたが、上京していながら訪ねて来なかったので、詠んだ歌である。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。
初句「いつしかと」は、早く早くと、の意で、待ち望む心を表す。
二句「まつちの山の」の「まつち」は、地名の「待乳山」と「待つ」を掛けた掛詞である。四句の「待ちて」とも響き合っている。
三句「桜花」は、待ち望む人を、咲くのを待つ桜にたとえている。
四句「待ちてもよそに」は、待ってもよそごととして、の意である。本巻の第千三百三首も、上京しながら訪れない人を待つ嘆きを詠んでいる。
結句「聞くが悲しさ」は、聞くのが悲しいことだ、の意で、体言止めとなっている。
まつちのやま:大和の国と紀伊の国の境の「待乳山」の意と、「待つ」を掛ける
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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後撰和歌集
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朝ごとに見し都路の絶えぬれば 事あやまりに問ふ人もなし
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伊勢わたる川は袖より流るれど 問ふに問はれぬ身はうせぬめり