世の中の悲しきことをきくの上に
置く白露ぞ涙なりける
- 歌の意味
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世の中の悲しいことを聞いて、菊の上に置く白露こそ、私の涙なのであった。
- 鑑賞
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巻第二十 慶賀歌 1409
詞書「清正が枇杷大臣の忌に籠もりて侍りけるにつかはしける」
世の中の悲しいことを聞き、菊の上に置く白露こそが涙であった、と詠んだ歌である。人の死という悲しい知らせを聞き、菊に置く白露を自分の涙と見て、喪に籠もる清正に弔意を伝えている。
詞書によれば、藤原清正が枇杷大臣の忌に籠もっていた時に送った歌である。枇杷大臣は、枇杷左大臣と呼ばれた藤原仲平を指す。次歌は清正の返しで、二首は贈答の一組となっている。
作者の藤原守文は、平安時代中期の人物とみられるが、詳しい伝は未詳である。
初句「世の中の」は、世の中の、の意である。
二句「悲しきことを」は、悲しいことを、の意で、人の死をいう。
三句「きくの上に」の「きく」は、悲しい知らせを「聞く」と、花の「菊」を掛けた掛詞である。
四句「置く白露ぞ」は、置く白露が、の意で、「ぞ」は強意の係助詞である。
結句「涙なりける」は、涙なのであった、の意で、四句の「ぞ」を受けて連体形「ける」で結ぶ係り結びとなっている。次歌の初句「きくにだに」に受けられている。
きく:悲しい知らせを「聞く」意と、花の「菊」を掛ける
いみ:人の死後、一定の期間家に籠もって身を慎むこと
- 作者
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藤原守文
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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もろともにおきゐし秋の露ばかり かからむものと思ひかけきや
- 次の歌
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きくにだに露けかるらむ人の世を 目に見し袖を思ひやらなむ