時の間も慰めつらむ覚めぬ間は
夢にだに見ぬ我ぞ悲しき
- 歌の意味
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あなたは、夢から覚めない間は、ほんのひとときでも心を慰めたことだろう。夢にさえ亡き人を見ない私こそが悲しい。
- 鑑賞
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巻第二十 慶賀歌 1420
詞書「人を亡くして、限りなく恋ひて思ひ入りて寝たる夜の夢に見えければ、思ひける人にかくなむと言ひつかはしたりければ」
ひとときでも慰めただろう、覚めない間は、夢にさえ見ない私こそ悲しい、と詠んだ歌である。亡き人を夢に見たと知らされて、夢を見ている間だけでも慰められただろうと思いやり、夢にさえ見られない我が身の悲しさを訴えている。
詞書によれば、人を亡くした人が限りなく恋い慕い、思い沈んで寝た夜の夢に亡き人が現れたので、同じく故人を思っていた作者に、このようだったと言ってよこしたので詠んだ歌である。次歌は大輔の返しで、夢を見たのは大輔であったとみられる。
作者の「玄上朝臣女」は藤原玄上の娘である。詳しい伝は未詳である。
初句「時の間も」は、ほんのひとときでも、の意である。
二句「慰めつらむ」は、心を慰めたことだろう、の意で、「らむ」は現在の推量を表す。ここで句切れとなる。
三句「覚めぬ間は」は、夢から覚めない間は、の意で、二句と倒置になっている。
四句「夢にだに見ぬ」は、夢にさえ見ない、の意で、「だに」は最小限の望みを表す。
結句「我ぞ悲しき」は、私こそ悲しい、の意で、「ぞ」を受けて連体形「悲しき」で結ぶ係り結びとなっている。
ときのま:わずかな間
なぐさむ:心を晴らす、慰める
- 作者
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藤原玄上の娘
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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ほどもなく誰も後れぬ世なれども とまるは行くを悲しとぞ見る
- 次の歌
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悲しさの慰むべくもあらざりつ 夢のうちにも夢と見ゆれば