思ひ出もなき古里の山なれど
隠れゆくはたあはれなりけり
- 歌の意味
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よい思い出もない故郷の山ではあるけれども、それが遠ざかり見えなくなっていくのは、やはりしみじみと悲しいことだ。
- 鑑賞
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巻第六 別歌 350
詞書「帥伊周筑紫へまかりけるに、河尻離れ侍りけるに詠み侍りける」
よい思い出もない故郷の山ではあるが、それが遠ざかって見えなくなっていくのは、やはり悲しいと詠む歌である。恨めしいはずの都にさえ心が残る、流される者の複雑な心情を表している。詞書によれば、藤原伊周が大宰権帥として筑紫へ左遷される時、淀川河口の河尻を船で離れる際に詠んだ歌である。伊周の筑紫への左遷は長徳二年のことである。
作者の「ゆげのよしとき」は弓削嘉言である。平安時代中期の歌人で、伝の詳細は明らかでない。
初句「思ひ出も」は、よい思い出も、の意である。
二句「なき古里の」は、ない故郷の、の意で、都を指している。
三句「山なれど」は、山であるけれども、の意で、「ど」は逆接の接続助詞である。
四句「隠れゆくはた」は、見えなくなっていくのは、やはり、の意で、「はた」は、そうはいってもやはり、の意を表す。次歌の第三百五十一首も「隠るるまで」と遠ざかる故郷を詠み、筑紫へ流される者の歌が並んでいる。
結句「あはれなりけり」は、しみじみと悲しいことだ、の意で、「けり」は詠嘆を表す。
ふるさと:かつて住んでいた所。ここでは都
かはじり:淀川の河口付近の港。河尻
そち:大宰府の長官。帥
- 作者
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弓削嘉言
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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船路には草の枕も結ばねば おきながらこそ夢も見えけれ
- 次の歌
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君が住む宿の梢のゆくゆくと 隠るるまでに顧みしはや