露の命惜しとにはあらず君を又
見でやと思ふぞ悲しかりける
- 歌の意味
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露のようにはかない命が惜しいというのではない。あなたにもう一度会わないまま終わるのかと思うことが悲しいのだ。
- 鑑賞
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巻第八 雑歌上 501
詞書「田舎にて患ひ侍りけるを、京より人の訪らひにおこせて侍りければ」
露のようにはかない命が惜しいのではなく、あなたにもう一度会えないまま終わるのかと思うことが悲しいと詠む歌である。詞書から、地方で病に伏していた時、都から見舞いの便りが届いたので返した歌とわかる。自らの命よりも、見舞ってくれた人に再び会えないことを悲しむ心を表し、相手への深い思いを伝えている。前歌の第五百首の消えやすい朝露を受けて「露の命」と詠み、次歌の第五百二首も命を詠んでいる。
作者の「ゆけのよしとき」は弓削嘉言である。平安時代中期の歌人で、のちに大江氏を称し、大江嘉言とも呼ばれる。対馬守に任じられ、任地で没したと伝えられる。中古三十六歌仙に数えられる。
初句「露の命」は、露のようにはかない命、の意で、六音の字余りである。前歌の「朝露」を受けている。
二句「惜しとにはあらず」は、惜しいというのではない、の意で、八音の字余りである。ここで句切れとなる。
三句「君を又」は、あなたを再び、の意である。
四句「見でやと思ふぞ」は、会わないままで終わるのかと思うことが、の意で、「で」は打消の接続助詞、「や」は疑問の係助詞である。「ぞ」は強意の係助詞である。
結句「悲しかりける」は、悲しいことだ、の意で、係助詞「ぞ」を受けて連体形の「ける」で結んでいる。
つゆのいのち:露のようにはかない命
とぶらふ:見舞う。安否を尋ねる
- 作者
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弓削嘉言
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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植ゑて見る草葉ぞ世をば知らせける おきては消ゆる今朝の朝露
- 次の歌
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惜しからぬ命やさらに延びぬらん 終はりの煙しむる野辺にて