- 歌の意味
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山里の住まいは霞がたちこめて包んでいるけれども、垣根の柳の枝先は、霞の外にのぞいて見える。
- 鑑賞
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巻第十六 雑春歌 1031
詞書「帥の親王、人々に歌詠ませ侍りけるに」
山里の住まいは霞に包まれているが、垣根の柳の枝先だけは霞の外にのぞいて見えると詠む歌である。詞書から、帥の親王が人々に歌を詠ませた折の歌とわかる。霞に閉ざされた山里の中で、垣根の柳の芽吹いた枝先がのぞく、春の景を描いている。帥の親王は大宰帥であった親王で、敦道親王とみられる。
作者の弓削嘉言は、平安中期の歌人で、中古三十六歌仙の一人である。
初句「山里の」は、山里の、の意である。
二句「家居は霞」は、住まいは霞が、の意で、本巻の第千十四首から第千十九首まで続いた霞の景を、ここで再び詠んでいる。
三句「こめたれど」は、たちこめて包んでいるけれども、の意で、「たれ」は存続の助動詞「たり」の已然形、「ど」は逆接の接続助詞である。
四句「垣根の柳」は、垣根に植えた柳の、の意である。
結句「末は外に見ゆ」は、枝先は霞の外に見える、の意で、二句の霞に包まれた家居と、外にのぞく柳の枝先とを対比している。
いへゐ:家居。住まい
こむ:籠む。包み込む、たちこめる
そちのみこ:帥の親王。大宰帥であった親王
- 作者
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弓削嘉言
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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咲きし時猶こそ見しか桃の花 散れば惜しくぞ思ひなりぬる
- 次の歌
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春の野にところ求むと言ふなるは 二人寝ばかり見てたりや君