飽かなくに散りぬる花の面影や
風に知られぬ桜なるらん
- 歌の意味
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見飽きないうちに散ってしまった花の面影こそが、風に知られることのない、散らない桜なのだろうか。
- 鑑賞
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巻第二 春歌下 96
詞書は前の歌に続き「花の歌とてよめる」
前歌と同じく「花」を題として詠んだ歌である。まだ見飽きないうちに散ってしまった花も、心に残るその面影だけは、風にも知られず散らされることのない桜なのだろうか、と詠む。実際の花は風に散らされても、心の中の面影の花は散らないという発想で、失われた花を記憶の中に留めようとする思いを表している。
作者の「賀盛法師」は覚盛である。他の伝本では「覚盛法師」とされ、本文の「賀盛」はその誤写と見られる。伝は詳らかでない。
初句「飽かなくに」は、見飽きないのに、の意である。本巻の第九十一首と同じ初句で、見足りぬうちに散る花への思いを示す。
二句「散りぬる花の」の「ぬる」は完了の助動詞「ぬ」の連体形で、散ってしまった花の、の意である。
三句「面影や」の「面影」は、目の前にないものが心に浮かぶ姿をいう。「や」は疑問の係助詞で、結句の「らん」と係り結びをなす。
四句「風に知られぬ」の「れ」は受身の助動詞「る」の未然形、「ぬ」は打消の助動詞の連体形で、風に知られない、の意である。風に見つからなければ散らされることもない、という発想を示す。
結句「桜なるらん」の「らん」は現在推量の助動詞の連体形で、「や」の結びとなる。面影の中の花こそ散らない桜なのだろうか、と推し量る。
おもかげ:目の前にないものが心に浮かぶ姿
- 作者
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覚盛
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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散る花を身にかふばかり思へども かなはで年の老いにけるかな
- 次の歌
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山桜散るを見てこそ思ひ知れ 尋ねぬ人は心ありけり