秋といへば岩田の小野の柞原
時雨も待たず紅葉しにけり
- 歌の意味
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秋になったといえば、岩田の小野の柞原は、時雨を待つこともなく紅葉してしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第五 秋歌下 368
詞書「題しらず」
秋になったというだけで、岩田の小野の柞原は、木の葉を染めるはずの時雨を待つこともなく紅葉してしまった、と詠む。時雨が紅葉を染めるという通念を逆手に取り、秋が来たというだけで色づく柞の早さを表している。
作者の「覚盛法師」は院政期の僧であるが、詳しい伝は明らかでない。
本巻の第三百五十三首は初時雨が降ってまもなく色づく葛城山を詠んだが、本歌はさらに進めて時雨を待たずに色づく柞原を詠む。また本巻の第三百七十四首と、柞の原を詠み、同じ結句「紅葉しにけり」を置く点で対応する。
初句「秋といへば」は、秋になったといえば、それだけで、の意である。
二句「岩田の小野の」の「岩田の小野」は山城国の歌枕で、柞の名所とされた。
三句「柞原」は柞の木が群がって生えている原で、柞はナラやクヌギの類である。本巻の第三百七十四首の「柞が原」、第三百七十五首の「柞の紅葉」と同じ木を詠む。
四句「時雨も待たず」は、木の葉を染めるとされた時雨を待つこともなく、の意で、本巻の第三百五十三首の「初時雨降るほどもなく」をさらに進めた表現である。
結句「紅葉しにけり」の「に」は完了、「けり」は詠嘆である。本巻の第三百七十四首も同じ結句を置く。
ははそはら:柞の木が群がって生えている原で、柞はナラやクヌギの類
いはたのをの:山城国の歌枕で、柞の名所
もみぢす:紅葉する
- 作者
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覚盛
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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竜田山松のむらだちなかりせば いづくか残る緑ならまし
- 次の歌
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庭の面に散りて積もれる紅葉葉は 九重に敷く錦なりけり