竜田山松のむらだちなかりせば
いづくか残る緑ならまし
- 歌の意味
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竜田山に松の群れ立つ木立がなかったなら、どこが緑の残っている所であっただろうか。
- 鑑賞
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巻第五 秋歌下 367
詞書「百首歌たてまつりける時、よめる」
百首歌を詠進した折の歌である。竜田山にもし松の群れ立つ木立がなかったなら、山のどこに緑が残っていただろうか、と詠む。紅葉の名所である竜田山がすっかり色づいたさまを、ただ松だけが緑を残しているという形で表し、紅葉の盛りを逆の側から描いている。
作者の「藤原清輔朝臣」は左京大夫藤原顕輔の子である。六条藤家の歌学を継ぎ、歌学書「袋草紙」「奥義抄」を著した。小倉百人一首にも歌が採られている。
本巻の第三百七十五首第三百七十六首も、紅葉や落葉の中で色を変えない松を詠む。
初句「竜田山」は大和国の山で、紅葉の名所として知られる。本巻の第三百七十三首も同じ初句を置く。
二句「松のむらだち」の「むらだち」は群がって立っていること、木立である。本巻の第三百七十五首の「色かへぬ松」と同じく、変わらぬ松の緑を示す。
三句「なかりせば」は、もしなかったならば、と事実に反する仮定を示し、結句の「まし」と呼応する。
四句「いづくか残る」の「か」は疑問の係助詞で、結句の「まし」と連体形で結ぶ。
結句「緑ならまし」の「まし」は反実仮想の助動詞で、緑であっただろうか、どこにも残らなかっただろう、の意となる。
むらだち:群がって立っていること、木立
たつたやま:大和国の山で、紅葉の名所
- 作者
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藤原清輔
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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さざ波や比良の高嶺の山おろし 紅葉を湖のものとなしつる
- 次の歌
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秋といへば岩田の小野の柞原 時雨も待たず紅葉しにけり