- 歌の意味
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山桜が散るのを見てこそ、思い知った。花を尋ねて来ない人は、実は心ある人だったのだ。
- 鑑賞
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巻第二 春歌下 97
詞書は前の歌に続き「花の歌とてよめる」
前歌と同じく「花」を題として詠んだ歌である。山桜が散るのを目の当たりにして、初めて思い知った、花を見に訪ねて来ない人こそ、散る悲しみを知るがゆえに来ないのであって、実は情趣を解する人だったのだ、と詠む。花を訪ねない人を風流を解さない人とする常識を逆転させ、落花を見るつらさを強く訴えている。
作者の「源仲綱」は源頼政の子である。伊豆守などを務めた。治承四年(1180)、父頼政とともに以仁王を奉じて平家打倒の兵を挙げ、宇治で敗れて自害した。
初句「山桜」は、一首の主題を示す。
二句「散るを見てこそ」の「こそ」は係助詞で、三句の「知れ」と係り結びをなす。散るのを見たからこそ、と強調する。
三句「思ひ知れ」は「思ひ知る」の已然形で、「こそ」の結びとなる。ここで句切れとなる。
四句「尋ねぬ人は」は、花を訪ねて来ない人は、の意である。本巻の第百二首「訪ふ人もなし」は、花の散った後に訪ねる人がいないことを嘆く。
結句「心ありけり」の「心あり」は情趣を解する意で、「けり」は気づきを表す。散る花を見るつらさを知ればこそ訪ねないのだ、という逆説的な発見を示す。一連の五首はここで結ばれる。
おもひしる:身にしみて悟る
こころあり:情趣を解する
- 作者
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源仲綱
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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飽かなくに散りぬる花の面影や 風に知られぬ桜なるらん
- 次の歌
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よそにてぞ聞くべかりける桜花 目の前にても散らしつるかな