身の憂さも花見しほどは忘られき
春の別れを嘆くのみかは
- 歌の意味
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わが身のつらさも、花を見ていた間は忘れていた。だから嘆くのは春との別れだけだろうか、いやそうではない。
- 鑑賞
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巻第二 春歌下 128
詞書は前の歌に続き「三月尽の心をよみ侍りける」
前歌と同じく「三月尽」を題として詠んだ歌である。わが身のつらさも、花を見ていた間は忘れていられた、だから春が去る今、嘆くのは春との別れだけではない、再び身のつらさが戻ってくることも嘆かわしいのだ、と詠む。花が憂さを忘れさせてくれた春の恩恵を思い、春との別れに自らの境遇の嘆きを重ねている。
作者の「源仲綱」は源頼政の子である。伊豆守などを務めた。治承四年(1180)、父頼政とともに以仁王を奉じて平家打倒の兵を挙げ、宇治で敗れて自害した。
初句「身の憂さも」は、わが身のつらさも、の意である。
二句「花見しほどは」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、花を見ていた間は、の意となる。
三句「忘られき」の「られ」は自発の助動詞、「き」は過去の助動詞で、自然と忘れていた、の意となる。ここで句切れとなる。
四句「春の別れを」は、春との別れを、の意である。
結句「嘆くのみかは」の「かは」は反語で、嘆くのは春との別れだけだろうか、いやそうではない、の意となる。前歌の第百二十七首「過ぐるのみかは」と同じく「のみかは」で結び、惜春の情に身の上の嘆きを重ねる。
うさ:つらさ
なげく:嘆く、悲しむ
- 作者
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源仲綱
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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幾返り今日に我が身のあひぬらん 惜しきは春の過ぐるのみかは
- 次の歌
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いづかたと春の行方は知らねども 惜しむ心の先に立つらん