宮城野の小萩が原を行くほどは
鹿の音をさへわけて聞くかな
- 歌の意味
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宮城野の小萩の原を分けて行く間は、萩の枝ばかりでなく、両側から聞こえる鹿の声までも分けるようにして聞くことだ。
- 鑑賞
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巻第五 秋歌下 316
詞書「鹿声両方といへる心をよめる」
「鹿声両方」、すなわち両側から鹿の声が聞こえるという題で詠んだ歌である。宮城野の小萩の原を分けて進む間は、萩を押し分けるだけでなく、左右から聞こえる鹿の声までも分けて聞くことになる、と詠む。萩を分けて進む動作と、左右の声を聞き分けることとを一つの語で重ね、題の趣を巧みにとらえている。
作者の「覚延法師」は院政期の僧であるが、詳しい伝は明らかでない。
初句「宮城野の」の「宮城野」は陸奥国の歌枕で、萩の名所として知られる。
二句「小萩が原を」の「小萩」は萩の美称で、萩は鹿の妻とされる花である。本巻の第三百六首の「萩原」と同じく、萩と鹿とを取り合わせる。
三句「行くほどは」は、行く間は、の意で、萩の原を進む時間を示す。
四句「鹿の音をさへ」の「さへ」は添加の副助詞で、萩ばかりでなく鹿の声までも、の意である。
結句「わけて聞くかな」の「わけて」は、萩を押し分ける意と、左右の声を聞き分ける意を掛ける。「かな」は詠嘆である。
みやぎの:陸奥国の歌枕で、萩の名所
わく:草を押し分けて進む意と、声を聞き分ける意を掛ける
こはぎ:萩の美称
- 作者
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覚延
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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湊川夜舟漕ぎ出づる追ひ風に 鹿の声さへ瀬戸渡るなり
- 次の歌
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さを鹿の妻呼ぶ声もいかなれや 夕べはわきて悲しかるらん