暮れてゆく秋をば水や誘ふらむ
紅葉流れぬ山川ぞなき
- 歌の意味
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暮れてゆく秋を、水が誘って連れ去ってゆくのだろうか。紅葉の流れていない山川はないことだ。
- 鑑賞
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巻第五 秋歌下 380
詞書「落葉浮水といへる心をよみ侍りける」
「落葉浮水」、すなわち落葉が水に浮かぶという題で詠んだ歌である。暮れてゆく秋を、水が誘って連れ去ってゆくのだろうか、紅葉の流れていない山川はない、と詠む。どの山川にも紅葉が流れているさまを、去ってゆく秋そのものを水が運び去るのだと見なしている。
作者の「後三条内大臣」は藤原公教である。太政大臣藤原実行の子で、内大臣に至った。
本巻の第三百七十一首は川の流れが紅葉を誘うと詠んだが、本歌は水が紅葉とともに秋そのものを誘うと詠み、九月尽の歌へと続いてゆく。
初句「暮れてゆく」は、秋が終わりに近づいてゆくことをいう。
二句「秋をば水や」の「をば」は対象を強めて示し、「や」は疑問の係助詞で、三句の「らむ」と連体形で結ぶ。
三句「誘ふらむ」の「誘ふ」は誘い出して連れ去る意で、「らむ」は現在推量である。ここで句切れとなる。本巻の第三百七十一首の「誘ふは峰の」を受け、誘うものを紅葉から秋そのものへと広げる。
四句「紅葉流れぬ」の「ぬ」は打消の助動詞「ず」の連体形で、紅葉の流れていない、の意である。
結句「山川ぞなき」の「山川」は山の中を流れる川である。「ぞ」は係助詞で、「なき」と連体形で結ぶ。紅葉の流れていない山川はない、と強く言い切る。
やまかは:山の中を流れる川
さそふ:誘い出して連れ去る
- 作者
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藤原公教
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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散りかかる谷の小川の色づくは 木の葉や水の時雨なるらん
- 次の歌
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紅葉葉の散りゆく方を尋ぬれば 秋も嵐の声のみぞする