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植ゑて見る籬の竹の節ごとに
こもれる千代は君ぞ数へん

歌の意味
植えて眺める籬の竹の、その節ごとにこもっている千代の年は、君こそが数えることであろう。
鑑賞
巻第十 賀歌 607

詞書は前の歌に続き「御子におはしましける時、鳥羽殿に渡らせ給ひけるころ、八条院内親王と申しける時、かの御方にて竹遐年友といへる心を講ぜられけるに、詠ませ給うける」
 前歌と同じ会で詠んだ歌である。植えて眺める籬の竹の節ごとにこもる千代の年は、君こそが数えるであろう、と詠む。竹の一節ごとに千代がこもっていると見立て、その千代を数え尽くすほど長く生きるのは君である、と長寿を祝っている。
 作者の「後三条内大臣」は八条太政大臣藤原実行の子である。内大臣に至り、三条家の人であることから後三条内大臣と呼ばれた。
 一連の二首目である。前歌の第六百六首が竹を君の齢の「たぐひ」としたのに対し、本歌は竹の節にこもる千代を君が数えると詠み、同じ竹に託して長寿を祝っている。

 初句「植ゑて見る」は、植えて眺める、の意である。
 二句「籬の竹の」の「籬」は竹や柴で目を粗く編んだ垣根をいう。次歌の第六百八首の「君が御垣の」と、垣根の竹で応じ合う。
 三句「節ごとに」の「節」は竹の節である。竹の節と節の間を「よ」ということから、四句の「千代」と響き合う。
 四句「こもれる千代は」の「こもれ」は動詞「こもる」の已然形、「る」は存続の助動詞「り」の連体形で、こもっている千代の年は、の意である。
 結句「君ぞ数へん」の「ぞ」は強意の係助詞で、推量の助動詞「む」の連体形「ん」で結ぶ。千代を数えるほど長く生きるのは君である、の意である。

まがき:竹や柴で目を粗く編んだ垣根
ふし:竹の節
こもる:中に包まれて入っている
作者
藤原公教
出典
千載和歌集
前の歌
幾千代と限らざりける呉竹や 君が齢のたぐひなるらん
次の歌
我が友と君が御垣の呉竹は 千代に幾世の陰を添ふらん