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幾千代と限らざりける呉竹や
君が齢のたぐひなるらん

歌の意味
幾千代と限りもなく茂り続けてきた呉竹こそが、君の齢の仲間となるのであろう。
鑑賞
巻第十 賀歌 606

詞書「御子におはしましける時、鳥羽殿に渡らせ給ひけるころ、八条院内親王と申しける時、かの御方にて竹遐年友といへる心を講ぜられけるに、詠ませ給うける」
 後白河院がまだ親王であった頃、父鳥羽院の御所である鳥羽殿に滞在していた時期に、のちの八条院がまだ内親王と呼ばれていたその御方で、「竹は遐年の友」という題の歌会が催され、そこで詠んだ歌である。幾千代と限りなく茂ってきた呉竹こそが、君の齢の仲間であろう、と詠む。題の「遐年」は遠い年、つまり長寿の意で、常緑で節を重ねる竹を長寿の友と見立て、祝う相手の長寿を寿いでいる。八条院は鳥羽院の皇女暲子内親王で、作者の異母妹にあたる。
 作者の「院御製」は後白河院である。鳥羽天皇の第四皇子で、第七十七代の天皇となり、譲位後は長く院政を行った。本集の撰集を藤原俊成に命じた人物である。
 賀歌の巻頭の一首である。続く第六百七首、第六百八首は同じ会での歌で、三首がともに竹を詠む。巻末の第六百四十首は常盤の杉群を「八百万代のしるし」と詠み、巻頭の竹と巻末の杉という常緑の植物によって巻が始まり、閉じられている。

 初句「幾千代と」は、どれほどの千代と、の意で、限りない長い年月をいう。本巻の第六百二十七首も同じ初句で始まる。
 二句「限らざりける」の「ざり」は打消しの助動詞「ず」の連用形、「ける」は過去の助動詞「けり」の連体形で、限ることのなかった、の意である。第六百二十七首の二句「限らぬ鶴の」と同じ言い回しである。
 三句「呉竹や」の「呉竹」は中国渡来の竹で、葉が細かく節の多い淡竹をいう。「や」は疑問の係助詞で、結句の「らん」と連体形で結ぶ。竹の節と節の間を「よ」ということから、初句の「千代」は竹の縁で響き合う。
 四句「君が齢の」の「齢」は年齢、寿命の意で、ここでは祝う相手の長寿をいう。
 結句「たぐひなるらん」の「たぐひ」は仲間、連れの意である。「らん」は現在推量の助動詞「らむ」の連体形で、三句の「や」を受けて結ぶ。題の「友」をこの「たぐひ」で詠み込んでいる。

くれたけ:淡竹の異名で、葉が細かく節の多い竹
よはひ:年齢、寿命
たぐひ:同じ仲間、連れ
かうず:歌会で詠まれた歌を読み上げて披露する
作者
後白河院
出典
千載和歌集
前の歌
この世にて又逢ふまじき悲しさに 勧めし人ぞ心乱れし
次の歌
植ゑて見る籬の竹の節ごとに こもれる千代は君ぞ数へん