- 歌の意味
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池の水に、岸辺の桜が一面に散り敷いて、今は波に浮かぶ花こそが盛りなのだった。
- 鑑賞
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巻第二 春歌下 78
詞書「親王におはしましける時、鳥羽殿にわたらせ給ひける頃、池上花といへる心をよませ給うける」
後白河院がまだ親王であった頃、鳥羽殿に出かけていた折に、「池上花(池のほとりの花)」という題で詠んだ歌である。池の汀に咲く桜が散って水面一面に敷き詰められ、木の上の花はもう盛りを過ぎたが、波の上に浮かぶ花こそが今を盛りと咲いているようだ、と詠む。白く砕ける波を「波の花」と呼ぶ言い方を生かし、散った花びらで埋まった池を、もう一度花の盛りが訪れたものとして見ている。
作者の「院御製」は後白河天皇である。鳥羽天皇の第四皇子で、譲位ののちも長く院政を行った。千載和歌集は後白河院の院宣を受けて撰ばれた勅撰集であり、そのため院は「院御製」とだけ記されている。
初句「池水に」は、鳥羽殿の庭の池の水に、の意で、詞書の題「池上花」を受ける。前歌の第七十七首と同じく鳥羽殿での歌が並び、木の下に積もる花に続いて、水の上に散り敷く花が詠まれる。
二句「汀の桜」の「汀」は水際、岸辺をいう。池のほとりに咲く桜である。
三句「散りしきて」は、散って一面に敷き詰められて、の意である。
四句「浪の花こそ」の「浪の花」は、白く立つ波を花に見立てた語で、ここでは水面に浮かぶ花びらそのものを指す。「こそ」は係助詞で、結句の「けれ」と係り結びをなす。本巻の第八十七首から第八十九首では、志賀の花と浪とが重ねて詠まれる。
結句「盛りなりけれ」の「けれ」は気づきを表す助動詞「けり」の已然形で、「こそ」の結びとなる。散った後にこそ池の上に花の盛りがある、という発見を表す。
みぎは:水際、岸辺
ちりしく:散って一面に敷き詰められる
- 作者
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後白河院
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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咲きしより散るまで見れば木のもとに 花も日数も積もりぬるかな
- 次の歌
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白雲と峰には見えて桜花 散れば麓の雪にぞありける