- 歌の意味
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峰では白雲のように見えていて、桜の花は、散ると麓に降る雪となるのだった。
- 鑑賞
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巻第二 春歌下 79
詞書「山花の心をよみ侍りける」
「山花(山の花)」という題で詠んだ歌である。山の峰に咲く桜は遠くからは白雲のように見え、その花が散ると、今度は麓に降る雪となる、と詠む。同じ桜を、峰では雲、麓では雪と、場所によって異なるものに見立て、高みから麓へと舞い降りる花の動きを大きな景色の中にとらえている。
作者の「大宮前のおほきおほいまうちきみ」は藤原伊通である。権大納言藤原宗通の子で、太政大臣に至った。九条大宮に住んだことから大宮前太政大臣と呼ばれる。
初句「白雲と」は、白雲のように、の意で、満開の桜を白雲に見立てる伝統的な表現である。次歌の第八十首も結句を「峰の白雲」とし、峰の桜を白雲に見立てる趣向を共有する。
二句「峰には見えて」の「は」は、麓との対比を示す。峰では白雲と見えていて、の意となる。
三句「桜花」は、一首の主題を示す。
四句「散れば麓の」は、已然形に「ば」が付いた確定条件で、散ると麓の、の意である。上の句の「峰」に対して「麓」を置き、上下の対比を作る。
結句「雪にぞありける」の「ぞ」は係助詞で、「ける」と連体形で結ぶ。散る花を雪に見立て、峰では雲、麓では雪という見立ての変化を示す。本巻の第九十三首「花の白雪」、第百四首「雪かとぞ見る」も花を雪に見立てる。
ふもと:山のすそ
- 作者
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藤原伊通
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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池水に汀の桜散りしきて 浪の花こそ盛りなりけれ
- 次の歌
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吉野山花はなかばに散りにけり 絶え絶え残る峰の白雲