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八年まで手馴らしたりし梓弓
返るを見るにねぞ泣かれける

歌の意味
八年もの間手に馴らしてきた梓弓が、持ち主のもとへ返っていくのを見ると、声を上げて泣けてくることだ。
鑑賞
巻第十六 雑歌上 974

詞書「右兵衛督に侍りける時、中院の右の大臣中納言に侍りけるに、弓を借りおきて侍りけるを、官辞し申して籠り居侍りける時、かの弓を返し送るとて、添へて遣はしける」
 右兵衛督であった時、のちの中院右大臣源雅定が中納言であったころに弓を借りておいたが、官職を辞して籠居することになり、その弓を返すにあたって添えて送った歌である。八年もの間手に馴らしてきた梓弓が返っていくのを見ると、声を上げて泣けてくる、と詠む。官を辞して武官としての弓も不要になった身の悲しみを、長年手に馴らした弓との別れに託している。
 作者の「大宮前太政大臣」は藤原伊通である。藤原宗通の子で、一時官を辞して籠居したが、のちに復帰して太政大臣にのぼった。大宮太政大臣と呼ばれ、二条天皇に『大槐秘抄』を奉った。
 次歌の第九百七十五首は源雅定の返歌で、「梓弓」「かへる」を共有して贈答をなしている。

 初句「八年まで」は、八年もの長い間、の意である。
 二句「手馴らしたりし」の「手馴らす」は使い慣らす意で、「たり」は完了の助動詞、「し」は過去の助動詞「き」の連体形である。
 三句「梓弓」は、梓の木で作った弓である。次歌の第九百七十五首の三句「梓弓」と同じ語を共有する。
 四句「返るを見るに」は、弓が持ち主のもとへ返っていくのを見ると、の意で、「返る」は弓の縁語である。次歌の四句「又引きかへす」と応じる。
 結句「ねぞ泣かれける」の「ね」は泣く声の意で、弓の弦の音を響かせる。「ぞ」は強意の係助詞、「れ」は自発の助動詞「る」の連用形、「ける」は詠嘆の助動詞「けり」の連体形で係り結びとなる。声を上げて泣けてくることだ、の意である。

あづさゆみ:梓の木で作った弓
てならす:使い慣らす
つかさ:官職
ね:泣く声の意に、弓の弦の音を響かせる
こもりゐる:家に引きこもって外に出ない
作者
藤原伊通
出典
千載和歌集
前の歌
御手洗や影絶えはつる心地して 志賀の浪路に袖ぞ濡れこし
次の歌
何かそれ思ひ捨つべき梓弓 又引きかへす時もありなん