吉野山花はなかばに散りにけり
絶え絶え残る峰の白雲
- 歌の意味
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吉野山の花は半ばほど散ってしまった。とぎれとぎれに残っている峰の白雲のような花よ。
- 鑑賞
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巻第二 春歌下 80
詞書「百首歌奉りける時、花の歌とてよめる」
崇徳院に百首歌を奉った際に、「花」を題として詠んだ歌である。吉野山の桜はもう半ばほど散ってしまい、峰には白雲のような花がところどころにとぎれて残っているばかりだ、と詠む。満開の吉野を白雲に見立てる伝統を踏まえつつ、その白雲がちぎれて残る姿によって、花の散りはじめの寂しさを描いている。
作者の「藤原季通朝臣」は権大納言藤原宗通の子である。太政大臣藤原伊通の弟にあたり、琵琶や箏など管弦の名手としても知られた。崇徳院の久安百首の作者の一人である。
初句「吉野山」は、大和国の桜の名所で歌枕である。巻第一の巻末の第七十六首も吉野の花の盛りを詠み、本歌はその盛りを過ぎた吉野を描く。
二句「花はなかばに」は、花は半分ほど、の意である。
三句「散りにけり」の「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形、「けり」は詠嘆を表し、散ってしまったことよ、の意となる。ここで句切れとなる。
四句「絶え絶え残る」は、とぎれとぎれに残る、の意である。満開の花を一面の白雲とする見立てを踏まえ、その雲がちぎれて残るさまに散りかけた桜を重ねる。
結句「峰の白雲」は体言止めで、残る花を白雲に見立てる。前歌の第七十九首が「白雲と峰には見えて」と峰の桜を白雲に見立てたのを受け、本歌はその白雲がとぎれる姿を詠む。
たえだえ:とぎれとぎれ
- 作者
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藤原季通
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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白雲と峰には見えて桜花 散れば麓の雪にぞありける
- 次の歌
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山桜惜しむ心のいくたびか 散る木のもとに行きかかるらん