嘆きあまり憂き身ぞ今はなつかしき
君ゆゑ物を思ふと思へば
- 歌の意味
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嘆きが余って、つらいこの身が今ではいとおしく思われる。あなたのために物思いをしているのだと思うと。
- 鑑賞
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巻第十四 恋歌四 867
詞書「題しらず」
嘆きが余って、憂き身が今はいとおしい、あなたのために物思いをしているのだと思うと、と詠む。恋の苦しみに嘆き尽くした末、そのつらさもあなたゆえだと思えば、嘆いている自分の身さえいとおしく思えてくるという、屈折した恋心を表している。苦しみを恋しい人とのつながりとして受け入れる心の動きを捉えた歌である。
作者の「藤原季通朝臣」は権大納言藤原宗通の子である。箏や琵琶など管絃にすぐれ、歌人としても知られた。
初句「嘆きあまり」は嘆きが余って、嘆き尽くした末に、の意である。
二句「憂き身ぞ今は」の「憂き身」はつらい我が身のことで、「ぞ」は強意の係助詞である。三句の「なつかしき」と連体形で結ぶ。
三句「なつかしき」の「なつかし」は心ひかれる、いとおしい、の意である。「ぞ」の結びで、ここで句切れとなり、下の句と倒置の関係にある。
四句「君ゆゑ物を」の「ゆゑ」は原因を表し、あなたのために、の意である。
結句「思ふと思へば」の「ば」は順接の確定条件で、物思いをしていると思うので、の意である。「思ふ」「思へ」と同じ語を重ねて、三句の「なつかしき」の理由を示している。
なつかし:心ひかれる、いとおしい
- 作者
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藤原季通
- 出典
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千載和歌集
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思ひきや年の積もるは忘られて 恋に命の絶えんものとは
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水茎はこれを限りと書きつめて せきあへぬものは涙なりけり