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今日来れば麻の立ち枝に木綿かけて
夏みな月の禊をぞする

歌の意味
六月祓の今日が来たので、麻の立ち枝に木綿を掛けて、夏もすべて尽きる水無月の禊をすることだ。
鑑賞
巻第三 夏歌 223

詞書「百首歌奉りける時、六月祓をよめる」
 崇徳院に百首歌を奉った際に、「六月祓」を題として詠んだ歌である。六月祓の日である水無月の晦日が来たので、麻の立ち枝に木綿を掛けて、夏の終わりの禊をする、と詠む。「みな月」に「水無月」と、夏が「皆」尽きる意とを響かせ、夏の終わりを告げる祓の行事を描いている。ここから六月祓の歌が続く。
 作者の「藤原季通朝臣」は権大納言藤原宗通の子である。太政大臣藤原伊通の弟にあたり、琵琶や箏など管弦の名手としても知られた。崇徳院の久安百首の作者の一人である。
 六月祓は陰暦六月の晦日に行われる夏越の祓で、半年の罪や穢れを祓い清める行事である。本歌から巻末の第二百二十五首までの三首は、六月祓を詠む一連で、夏の巻を結ぶ。

 初句「今日来れば」は、六月祓の今日が来たので、の意である。
 二句「麻の立ち枝に」の「立ち枝」は、まっすぐに立った枝で、祓に用いる麻の枝をいう。
 三句「木綿かけて」の「木綿」は、楮の皮の繊維で作った白い糸で、神事に用いる。
 四句「夏みな月の」の「みな月」は、陰暦六月の「水無月」と、夏が「皆」尽きる意とを掛ける。
 結句「禊をぞする」の「ぞ」は係助詞で、「する」と連体形で結ぶ。本巻の第二百二十四首、第二百二十五首も「禊」を詠む。

みなづき:陰暦六月の「水無月」と、夏が「皆」尽きる意を掛ける
ゆふ:楮の皮の繊維で作った白い糸で、神事に用いる
みそぎ:水で身を清めて罪や穢れを祓うこと
たちえ:まっすぐに立った枝
作者
藤原季通
出典
千載和歌集
前の歌
岩間より落ちくる滝の白糸は むすばで見るも涼しかりけり
次の歌
いつとても惜しくやはあらぬ年月を 禊に捨つる夏の暮かな