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散りかかる谷の小川の色づくは
木の葉や水の時雨なるらん

歌の意味
紅葉が散りかかる谷の小川の水が色づいているのは、散る木の葉が、水にとっての時雨なのだろうか。
鑑賞
巻第五 秋歌下 379

詞書「百首歌よませ侍りける時、紅葉の歌とてよみ侍りける」
 百首歌を人々に詠ませた折に、紅葉の歌として詠んだ歌である。紅葉が散りかかる谷の小川の水が色づいているのは、散りかかる木の葉が、水にとっての時雨となって水を染めているのだろうか、と詠む。時雨が木の葉を染めるという通念を逆にして、木の葉が水を染める時雨だと見なしたところに趣向がある。
 作者の「摂政前右大臣」は九条兼実である。関白藤原忠通の子で、右大臣を経て摂政となり、のちに関白、太政大臣に至った。日記「玉葉」を残した。
 本巻の第三百五十三首第三百五十四首は時雨が紅葉を染めるさまを詠んだが、本歌はその関係を反転させ、木の葉を水を染める時雨と見ている。

 初句「散りかかる」は、散って上に降りかかる、の意で、紅葉が小川に降りかかるさまをいう。
 二句「谷の小川の」は、谷を流れる小さな川をいう。
 三句「色づくは」は、色づいているのは、と疑問の対象を示す。本巻の第三百五十三首の「色づきにけり」が山の色づきを詠んだのに対し、本歌は水の色づきを詠む。
 四句「木の葉や水の」の「や」は疑問の係助詞で、結句の「らん」と連体形で結ぶ。
 結句「時雨なるらん」の「時雨」は、晩秋から初冬にかけて降ったりやんだりする雨で、木の葉を染めるとされた。木の葉を水にとっての時雨と見る、反転の見立てである。

しぐれ:晩秋から初冬にかけて降ったりやんだりする雨で、木の葉を染めるとされた
ちりかかる:散って上に降りかかる
をがは:小さな川
作者
藤原兼実
出典
千載和歌集
前の歌
秋の田に紅葉散りける山里を こともおろかに思ひけるかな
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暮れてゆく秋をば水や誘ふらむ 紅葉流れぬ山川ぞなき