秋の田に紅葉散りける山里を
こともおろかに思ひけるかな
- 歌の意味
-
秋の田に紅葉が散りかかるこの山里の趣を、これまでいいかげんなものに思っていたことだ。
- 鑑賞
-
巻第五 秋歌下 378
詞書「堀河院御時、百首歌たてまつりける時、よめる」
堀河天皇の時代に百首歌を詠進した折の歌である。実りの秋の田に紅葉が散りかかる山里の趣を、これまで自分はいいかげんなものに思っていたことだ、と詠む。田と紅葉という取り合わせの美しさを改めて知り、山里を軽んじていたこれまでの自分を省みる形で、その景色をたたえている。
作者の「源俊頼朝臣」は大納言源経信の子である。堀河院歌壇の中心的な歌人で、白河院の院宣を受けて金葉和歌集を撰び、歌論書「俊頼髄脳」を著した。小倉百人一首にも歌が採られている。
本巻の第三百三首も堀河百首の山里の歌で、山里の秋の寂しさを詠んでいた。本歌は同じ山里に、田と紅葉の美しさを見いだしている。
初句「秋の田に」は、実りの秋の田に、の意で、紅葉の散りかかる場所を示す。本巻の第三百二十五首第三百二十七首も秋の田を詠む。
二句「紅葉散りける」の「ける」は詠嘆の助動詞「けり」の連体形で、紅葉が散っている、と目の前の景色への感動を示す。
三句「山里を」は、思う対象を示す。本巻の第三百三首以来、山里の秋が重ねて詠まれる。
四句「こともおろかに」は、なおざりに、いいかげんに、の意である。
結句「思ひけるかな」の「けり」は気づきの詠嘆で、これまでそう思っていたのだったと、自らを省みる気持ちを示す。
やまざと:山あいの村里
- 作者
-
源俊頼
- 出典
-
千載和歌集
- 前の歌
-
散り積もる木の葉も風に誘はれて 庭にも秋の暮れにけるかな
- 次の歌
-
散りかかる谷の小川の色づくは 木の葉や水の時雨なるらん