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帰りつる名残の空を眺むれば
慰めがたき有明の月

歌の意味
あの人のもとから帰ってきた、名残の尽きない空を眺めると、心を慰めることのできない有明の月が残っている。
鑑賞
巻第十三 恋歌三 838

詞書「右大臣に侍りける時、百首歌人々に詠ませ侍りける時、後朝恋の歌とて詠み侍りける」
 兼実が右大臣であった時、人々に百首歌を詠ませた際に、「後朝恋」の題で詠んだ歌である。帰ってきた名残の空を眺めると、慰めがたい有明の月がある、と詠む。恋しい人のもとから帰って、別れてきた方角の空を眺めると、明け方の空に有明の月が残っていて、かえって別れのつらさを募らせ、心を慰めようもないという、後朝の名残惜しさを表している。古今集のよみ人しらずの歌「わが心慰めかねつ更級や姨捨山に照る月を見て」以来、月が心を慰めかねさせるものとして詠まれてきたことを踏まえる。
 作者の「摂政前右大臣」は藤原兼実である。関白藤原忠通の子で、右大臣を経て摂政となり、のちに関白に至った。九条家の祖で、日記「玉葉」を残した。
 本歌と次歌の第八百三十九首は同じ百首歌の後朝の歌で、ともに有明を結句に置く。本巻の第八百六首も有明の月より先に出た心を詠み、後朝の有明の月が巻の後半に繰り返し現れる。

 初句「帰りつる」の「つる」は完了の助動詞「つ」の連体形で、恋しい人のもとから帰ってきた、の意である。題の「後朝」を示す。
 二句「名残の空を」の「名残」は別れた後に残る思いで、別れてきた方角の、名残の尽きない空を、の意である。
 三句「眺むれば」の「眺む」は物思いにふけってぼんやり見つめる意、「ば」は順接の確定条件で、眺めると、の意である。
 四句「慰めがたき」は、心を慰めることのできない、の意で、古今集の「わが心慰めかねつ」を踏まえる。
 結句「有明の月」は体言止めで、夜が明けても空に残る月である。本巻の第八百六首の三句、次歌の第八百三十九首の結句と同じく有明を詠む。

なごり:別れた後に残る思い、余韻
ながむ:物思いにふけってぼんやり見つめる
ありあけ:月が空に残ったまま夜が明けること。また、その月
作者
藤原兼実
出典
千載和歌集
前の歌
まだ知らぬ露置く袖を思ひやれ かことばかりの床の涙に
次の歌
忘るなよ世々の契りを菅原や ふしみの里の有明の空