- 歌の意味
-
忘れないでおくれ、幾世にもわたる二人の契りを。菅原の伏見の里で、共に臥して見た有明の空を。
- 鑑賞
-
巻第十三 恋歌三 839
詞書は前の歌に続き「右大臣に侍りける時、百首歌人々に詠ませ侍りける時、後朝恋の歌とて詠み侍りける」
前歌と同じく、藤原兼実が右大臣であった時に人々に詠ませた百首歌で、「後朝恋」の題で詠んだ歌である。忘れるな、世々の契りを、菅原の伏見の里の有明の空を、と詠む。大和国の歌枕である菅原の伏見の里の名に、共に「臥し」て「見」た意を掛け、二人で共寝をして見た有明の空とともに、来世までも続く契りを忘れないでほしいと、後朝の別れに永遠の契りを願っている。
作者の「皇太后宮大夫俊成」は権中納言藤原俊忠の子である。皇太后宮大夫を務め、のちに出家して釈阿と号した。後白河院の命を受けて本集を撰んだ。
恋歌三の巻末の一首である。巻第十二の巻末の第七百七十九首も撰者俊成の歌で、恋歌二と恋歌三がともに撰者の歌で閉じられている。また巻頭の第七百八十首が「契りこしことの違ふぞ頼もしき」と契りのたがうことを詠んだのに対し、巻末の本歌は世々の契りを忘れるなと願い、契りの語で巻の始めと終わりが呼応している。前歌と同じ百首歌の後朝の歌で、結句に有明を置く点も共通する。
初句「忘るなよ」の「な」は禁止の終助詞、「よ」は呼びかけの間投助詞で、忘れないでおくれ、の意である。ここで句切れとなり、二句以下と倒置の関係にある。
二句「世々の契りを」の「世々」は前世、現世、来世と幾世にもわたることで、幾世にもわたる二人の契りを、の意である。巻頭の第七百八十首の初句「契りこし」と「契り」の語で呼応する。
三句「菅原や」の「菅原」は大和国の地名で、伏見の里がある。「や」は詠嘆の間投助詞である。
四句「ふしみの里の」の「ふしみ」は、大和国の地名「伏見」に、共に「臥し」て「見」た意を掛ける。
結句「有明の空」は体言止めで、夜が明けても月の残る空である。前歌の第八百三十八首の結句「有明の月」と同じく有明を詠み、後朝の別れの時を示す。
すがはら:大和国の地名で、伏見の里がある
ふしみ:大和国の地名「伏見」に、共に「臥し」て「見」た意を掛ける
よよ:前世、現世、来世と幾世にもわたること
- 作者
-
藤原俊成
- 出典
-
千載和歌集
- 前の歌
-
帰りつる名残の空を眺むれば 慰めがたき有明の月
- 次の歌
-
いかにして夜の心を慰めむ 昼はながめにさても暮らしつ