千代とのみ同じことをぞ調ぶなる
長田の山の峰の松風
- 歌の意味
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ただ千代とばかり、同じ事を、同じ琴の調べのように奏でているようだ。長田の山の峰を吹く松風は。
- 鑑賞
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巻第十 賀歌 634
詞書「後一条院御時、長和五年大嘗会の主基方御屏風に、備中国長田山の麓に、琴弾き遊びしたる所を詠める」
後一条天皇の御代、長和五年(1016)の大嘗会で、主基方の御屏風に描かれた、備中国長田山の麓で琴を弾いて遊ぶ場面を詠んだ歌である。ただ千代とばかり同じことを奏でているようだ、長田の山の峰の松風は、と詠む。峰を吹く松風の音を琴の音に見立て、その調べが繰り返し千代を祝っていると詠み、新帝の御代の長久を祝っている。大嘗会は天皇の即位後に初めて行う新嘗祭で、悠紀、主基の二国が選ばれ、その国の地名を詠み込んだ歌が奉られた。
作者の「善滋為政」は慶滋為政である。平安時代中期の文人で、漢詩文に優れ、大嘗会の和歌を詠進した。
本歌から巻末の第六百四十首までは大嘗会の和歌で、長和五年から元暦元年まで、代々の大嘗会の歌が年代順に並べられている。
初句「千代とのみ」は、ただ千代とばかり、の意である。
二句「同じことをぞ」の「こと」は、同じ事柄の意の「事」と、松風を見立てた楽器の「琴」を掛ける。「ぞ」は強意の係助詞で、三句の「なる」と連体形で結ぶ。
三句「調ぶなる」の「調ぶ」は楽器を奏でる意、「なる」は音によって判断する推定の助動詞「なり」の連体形で、二句の「ぞ」を受けて結ぶ。奏でているようだ、の意である。ここで句切れとなり、倒置となる。
四句「長田の山の」の「長田の山」は備中国の山で、主基方の国の地名を詠み込む。地名の「長」が御代の長さに通う。
結句「峰の松風」は体言止めで、三句の主語を最後に置いている。
こと:事の意と、琴の意を掛ける
しらぶ:楽器を奏でる、調子を合わせる
だいじやうゑ:天皇が即位後初めて行う新嘗祭
すき:大嘗会で悠紀に次いで神饌を奉る国、またその儀
- 作者
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慶滋為政
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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君が代に比べて言はば松山の 松の葉数は少なかりけり
- 次の歌
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千早ぶる神田の里の稲なれば 月日とともに久しかるべし