千早ぶる神田の里の稲なれば
月日とともに久しかるべし
- 歌の意味
-
神の田という名を持つ神田の里の稲であるから、月日とともに久しく栄えるにちがいない。
- 鑑賞
-
巻第十 賀歌 635
詞書「白河院御時、承保元年大嘗会の主基方稲舂歌、神田郷を詠める」
白河天皇の御代、承保元年(1074)の大嘗会で、主基方の稲舂歌として神田郷を詠んだ歌である。神田の里の稲なので、月日とともに久しく続くであろう、と詠む。大嘗会で神に供える稲を舂く時に歌われる稲舂歌に、神の田を思わせる地名の「神田」を生かし、神に捧げる稲の尊さと御代の長久を祝っている。
作者の「前中納言匡房」は大江成衡の子である。学者として名高く、権中納言、大宰権帥を務めた。小倉百人一首にも歌が採られている。
本巻の第六百三十八首も主基方の稲舂歌で、ともに神に供える稲を詠む。
初句「千早ぶる」は「神」にかかる枕詞で、ここでは二句の「神田」にかかる。本巻の第六百十六首、第六百二十一首も同じ枕詞で始まる。
二句「神田の里の」の「神田の里」は主基方の国の郷の名で、神に供える稲を作る田の意を響かせる。第六百三十八首の四句「雲田の村の」と同じく、稲を作る地を詠む。
三句「稲なれば」は、稲であるから、の意で、已然形に「ば」が付いた確定条件である。
四句「月日とともに」は、月日の巡りとともに、の意である。
結句「久しかるべし」の「べし」は推量の助動詞で、久しく続くにちがいない、の意である。本巻の第六百三十二首の結句「久しかるべき」と共通する。
いねつきうた:大嘗会で神に供える稲を舂く時に歌う歌
すき:大嘗会で悠紀に次いで神饌を奉る国、またその儀
- 作者
-
大江匡房
- 出典
-
千載和歌集
- 前の歌
-
千代とのみ同じことをぞ調ぶなる 長田の山の峰の松風
- 次の歌
-
皇の末栄ゆべきしるしには 木高くぞなる若松の森