吹く風に堪へぬ梢の花よりも
留めがたきは涙なりけり
- 歌の意味
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吹く風に耐えきれずに散る梢の花よりも、とどめがたいのは私の涙であったのだ。
- 鑑賞
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巻第十四 恋歌四 849
詞書「法性寺入道前太政大臣、内大臣に侍りける時、家にて寄花恋といへる心を詠める」
藤原忠通が内大臣であった時、その家で「寄花恋」の題で詠んだ歌である。吹く風に耐えきれない梢の花よりも、とどめがたいのは涙であった、と詠む。風に散る花はとどめようがないものの代表であるが、恋の涙はそれ以上にとどめられないと、花と涙を比べて恋の悲しみの深さを表している。題の「花」を散りゆく花として生かし、恋の涙へと転じた歌である。
作者の「源雅光」は右大臣源顕房の子である。村上源氏の出で、院政期の歌合などで歌を詠んだ。詞書の「法性寺入道前太政大臣」は藤原忠通で、関白、太政大臣を務め、出家して法性寺に住んだ。
本歌の結句「涙なりけり」は本巻の第八百六十八首、第八百七十二首、第八百九十首と共通し、とどめがたいもの、せきとめがたいものとして涙を詠む歌が巻中に繰り返し置かれている。
初句「吹く風に」は花を散らす風を示す。
二句「堪へぬ梢の」は風に耐えきれない梢の、の意で、散ろうとする花の危うさを表す。
三句「花よりも」の「より」は比較の格助詞で、梢の花と比べて、の意である。題の「寄花恋」の「花」に当たる。
四句「留めがたきは」はとどめることのむずかしいのは、の意である。散る花をとどめられないことを受け、涙をとどめられないことへと転じる。
結句「涙なりけり」の「けり」は気づきの詠嘆で、それは涙であったのだ、の意である。本巻の第八百六十八首、第八百七十二首、第八百九十首と同じ結句である。
こずゑ:木の枝の先
- 作者
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源雅光
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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まぶしさす賤男の身にも堪へかねて 鳩吹く秋の声立てつなり
- 次の歌
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逢ひ見むと言ひわたりしは行く末の 物思ふことのはしにぞありける