いかなれば流れは絶えぬ中川に
逢ふ瀬の数の少なかるらん
- 歌の意味
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どういうわけで、流れは絶えることのない中川なのに、逢う瀬の数がこれほど少ないのだろう。
- 鑑賞
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巻第十四 恋歌四 889
詞書「希会不絶恋といへる心を詠める」
「会ふこと希にして絶えざる恋」、すなわち逢うことはまれでも仲は絶えない恋の題で詠んだ歌である。どうして、流れは絶えない中川に、逢う瀬の数が少ないのだろう、と詠む。絶えることなく流れる川を絶えない二人の仲にたとえ、仲は絶えないのに、川の「瀬」に寄せた「逢ふ瀬」すなわち逢う機会が少ないことを嘆いている。題の「希会」と「不絶」を、川の流れと瀬とで巧みに言い分けた一首である。
作者の「藤原顕家朝臣」は六条藤家の藤原重家の子である。歌の家に生まれ、歌人として活動した。
次歌の第八百九十首も「中川」を詠む。本歌が流れの絶えない中川を詠むのに対し、次歌は瀬が絶えて流れが変わる中川を詠み、同じ中川で対照的な姿を描いている。
初句「いかなれば」はどういうわけで、の意で、結句の「らん」と呼応する。
二句「流れは絶えぬ」の「流れ」は川の流れで、絶えることのない二人の仲をたとえる。題の「不絶」に当たる。次歌の第八百九十首の四句「流れ変はるは」と対照をなす。
三句「中川に」の「中川」は川の名で、京の東を流れた川をいう。次歌の第八百九十首の二句「佐野の中川」と同じく中川を詠む。
四句「逢ふ瀬の数の」の「瀬」は川の浅瀬のことで、「逢ふ瀬」は逢う機会をいう。「流れ」「瀬」は「中川」の縁語である。
結句「少なかるらん」の「らん」は現在の原因推量の助動詞で、少ないのだろう、の意である。題の「希会」に当たり、初句の「いかなれば」と呼応して結ぶ。
あふせ:逢う機会。川の「瀬」に寄せていう
- 作者
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藤原顕家
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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人知れず結びそめてし若草の 花の盛りも過ぎやしぬらん
- 次の歌
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住み馴れし佐野の中川瀬絶えして 流れ変はるは涙なりけり