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山よりも深き所を尋ね見ば
我が心にぞ人は入るべき

歌の意味
山よりも深いところを探し求めるのならば、私の心にこそ、あなたは入るべきだ。
鑑賞
巻第十五 恋歌五 912

詞書「女の、深き山にも入らまほしきよし言ひて侍りければ、つかはしける」
 女が、深い山にでも入ってしまいたいと言ったので、送った歌である。山よりも深い所を探し求めるのなら、私の心にこそあなたは入るべきだ、と詠む。深い山に入るとは、世を捨てて出家することや、人目を逃れて隠れ住むことをいう。世をはかなんで山に入りたいと言う女に対し、自分の思いの深さは山よりも深いと訴え、山ではなく自分のもとに来るよう求めた機知のある歌である。
 作者の「大納言斉信」は藤原斉信である。太政大臣藤原為光の子で、大納言に至った。藤原公任、源俊賢、藤原行成とともに一条朝の四納言に数えられ、詩歌管弦に優れた。
 本巻の第九百四十一首「奥山の岩垣沼の」も、山の奥深さを恋の深さに重ねて詠む。

 初句「山よりも」の「より」は比較の格助詞で、山よりも、の意である。詞書の女の言葉「深き山」を受ける。
 二句「深き所を」は、山よりもさらに深い所を、の意で、心の奥深さを導く。本巻の第九百四十一首の四句「深きこひぢに」と「深き」の語を共有する。
 三句「尋ね見ば」は、探し求めてみるならば、の意で、未然形に「ば」が付いた仮定条件である。
 四句「我が心にぞ」の「ぞ」は強意の係助詞で、結句の「べき」と連体形で結ぶ。山ではなく私の心にこそ、の意である。
 結句「人は入るべき」の「人」は相手の女をさす。「入る」は山に入る意を受けて心に入る意に転じ、「べき」は当然の助動詞「べし」の連体形で、四句の「ぞ」を受けて結ぶ。

たづぬ:探し求める
いる:入る。山に入るは出家や隠遁をいう
作者
藤原斉信
出典
千載和歌集
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