古も越え見てしかばあふさかは
ふみたがふべき中の道かは
- 歌の意味
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以前にも越えてみたことがあるのだから、逢坂は、踏み違えるような二人の間の道であろうか。手紙を宛て違えたりするはずがない。
- 鑑賞
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巻第十五 恋歌五 913
詞書「時々物申しける女のもとに文をつかはしたりけるを、よもあらじとて返して侍りければつかはしける」
時折言葉を交わしていた女に手紙を送ったところ、まさか自分宛てではあるまいと言って返してきたので、送った歌である。以前にも越えてみたのだから、逢坂は踏み違えるような二人の仲の道であろうか、と詠む。逢坂の関を越えるとは男女が逢うことのたとえで、かつて逢った仲なのだから、道を踏み違えるように手紙の宛先を間違えるはずがない、と女のすげない返事に切り返している。「ふみ」に「踏み」と「文」を掛けた技巧が一首の要となっている。
作者の「藤原経衡」は藤原公業の子である。平安時代中期の歌人で、和歌六人党の一人に数えられる。
本巻の第九百十一首が鳥の跡に手紙をたとえて詠んだのに続き、本歌も手紙をめぐるやりとりを詠む。
初句「古も」は、以前にも、の意である。
二句「越え見てしかば」の「て」は完了の助動詞「つ」の連用形、「しか」は過去の助動詞「き」の已然形で、「ば」が付いて、越えてみたことがあるのだから、の意となる。逢坂の関を越えることは男女が逢うことをたとえる。
三句「あふさかは」の「あふさか」は、男女が「逢ふ」意と、山城と近江の境の地名「逢坂」を掛ける。
四句「ふみたがふべき」の「ふみ」は、道を「踏み」違える意と、「文」を宛て違える意を掛ける。「べき」は推量の助動詞「べし」の連体形である。
結句「中の道かは」の「中」は二人の仲、「かは」は反語の係助詞で、踏み違えるような仲の道であろうか、いや違えるはずがない、の意である。
あふさか:男女が逢ふ意と、地名の逢坂を掛ける
ふみたがふ:道を踏み違える意と、文を宛て違える意を掛ける
ものまうす:言葉を交わす、男が女に言い寄る
- 作者
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藤原経衡
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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山よりも深き所を尋ね見ば 我が心にぞ人は入るべき
- 次の歌
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かりにぞと言はぬ先より頼まれず たち止まるべき心ならねば