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春ごとに嘆きしものを法の庭は
散るがうれしき花もありけり

歌の意味
春が来るたびに、花の散るのを嘆いてきたのに、法会の庭には、散るのがうれしい花もあることだ。
鑑賞
巻第十九 釈教歌 1239

詞書「法花経序品の心を詠める」
 法華経序品の心を詠んだ歌である。序品には、釈迦が法華経を説こうとする時、天から曼陀羅華などの花が降り注いだと説かれる。春ごとに嘆いていたのに、法の庭では散るのがうれしい花もある、と詠む。いつもは惜しまれる散る花も、説法の場に降る花は仏の瑞相であるからうれしいと、世俗の花と法の花とを対比して詠んでいる。
 作者の「藤原伊綱」は平安時代後期の官人、歌人で、伝記の詳細は明らかでない。
 本歌から本巻の第千二百四十七首までは、序品から勧発品まで、法華経の品を順に詠んだ歌が並び、本歌はその一首目である。一連の結びに近い第千二百四十六首は、勧発品で再び降る花を詠んで本歌と呼応している。

 初句「春ごとに」は、春が来るたびに、の意である。
 二句「嘆きしものを」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、「ものを」は逆接の接続助詞である。花の散るのを嘆いてきたのに、の意である。
 三句「法の庭は」は説法の場、法会の庭の意で、序品の説法の場を言う。本巻の第千二百四十八首の二句「御法の庭に」と同じく、法会の庭に降るものを詠む。
 四句「散るがうれしき」は、散るのがうれしい、の意で、天から降る曼陀羅華を言う。
 結句「花もありけり」の「けり」は気づきを表す詠嘆の助動詞である。前歌の第千二百三十八首の結句「花ぞ咲きける」と花を共有している。

のりのには:仏法を説く場、法会の庭
まんだらけ:仏の説法の時に天から降るとされる花
じよほん:法華経の第一品
作者
藤原伊綱
出典
千載和歌集
前の歌
頼もしき誓ひは春にあらねども 枯れにし枝も花ぞ咲きける
次の歌
水草のみ繁き濁りと見しかども さても月澄むえにこそありけれ