まつに来る人しなければ春の野の
若菜も何もかひなかりけり
- 歌の意味
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松を引きに、そして待っていたのに来てくれる人がいないので、春の野の若菜も何もかもが甲斐のないものだった。
- 鑑賞
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巻第一 春歌上 6
詞書「院御返し」
前歌で子の日にお供できなかったと詫びた藤原実頼に対し、朱雀院が返した歌である。待っていたのにあなたが来なかったので、春の野の楽しみも甲斐がなかったと、相手の不在を惜しむ心を詠んでいる。
前歌の第五首と贈答をなす。院が臣下の不参を親しみを込めて恨んでみせた歌で、主従の親密な交わりがうかがえる。
作者の「朱雀院」は朱雀天皇である。醍醐天皇の皇子で、母は藤原穏子である。第六十一代天皇として在位し、譲位後は朱雀院に住んだ。
初句「まつに来る」の「まつ」は、子の日に引く「松」と、人を「待つ」意を掛けた掛詞である。前歌の第五首の「松も引き」を受けている。
二句「人しなければ」の「し」は強意の助詞で、来るべき人がいないことを強調している。
三句「春の野の」は、子の日の遊びの場である春の野を示す。
四句「若菜も何も」は、前歌の「若菜も摘まず」を受けて、若菜摘みも、そのほかのすべても、という意である。
結句「かひなかりけり」の「けり」は詠嘆で、甲斐のなかったことを改めて感じ入っている。
まつ:子の日に引く松と、人を待つ意を掛ける
かひ:しただけの値打ち、効き目
- 作者
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朱雀天皇
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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松も引き若菜も摘まずなりぬるを いつしか桜はやも咲かなむ
- 次の歌
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君のみや野辺に小松を引きにゆく 我もかたみに摘まむ若菜を