春雨にいかにぞ梅やにほふらん
我が見る枝は色も変はらず
- 歌の意味
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春雨のなかで、いったいどうして梅が咲き匂っているなどと言えようか。私の見ている枝は、まだ色も変わっていない。
- 鑑賞
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巻第一 春歌上 39
詞書「返し」
前歌で梅はもう盛りだろうと催促されたのに対し、私の見ている枝はまだ色も変わっていない、だから知らせなかったのだと答えた歌である。約束を忘れたのではないと、軽やかに言い返している。
前歌の第三十八首と贈答をなす。相手が想像した梅の盛りを、実際に見ている者の立場から打ち消しており、ほほえましいやりとりとなっている。
作者の紀長谷雄は紀貞範の子で、菅原道真に師事した文人である。文章博士などを経て中納言に至った。
初句「春雨に」は、春雨の降るなかで、の意を表す。春雨は本巻の第四首や第三十二首などにも詠まれている。
二句「いかにぞ梅や」の「いかにぞ」は、どうして、の意で、「や」は疑問の係助詞として三句の「らん」と呼応する。
三句「にほふらん」の「にほふ」は花が美しく咲き映える意で、前歌の「盛りになりぬらん」を受けて、どうして咲き匂っているなどと思うのか、と問い返している。ここで句切れとなる。
四句「我が見る枝は」は、自分が実際に見ている梅の枝を示し、前歌の想像に対して実際の見聞を対置している。
結句「色も変はらず」は、まだつぼみの色も変わらない、すなわちまだ咲いていないことを表す。
にほふ:花が美しく咲き映える
- 作者
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紀長谷雄
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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梅の花今は盛りになりぬらん 頼めし人のおとづれもせぬ
- 次の歌
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梅の花散るてふなへに春雨の ふりでつつ鳴く鴬の声