君来ずて年は暮れにき立ちかへり
春さへ今日になりにけるかな
- 歌の意味
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あなたが来ないまま、年は暮れてしまった。年が改まって、春までもが今日で終わりになってしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第三 春歌下 137
詞書「常にまうで来通ひける所に、障る事侍りて久しくまうで来あはずして年かへりにけり、明くる春弥生のつごもりにつかはしける」
あなたが来ないまま年が暮れ、年が改まって春までも今日で終わりになってしまったと、久しく訪れのない相手に贈った歌である。年の暮れと春の終わりを重ね、待ちわびて過ごした長い月日を訴えている。
詞書によれば、いつも訪ねて来ていた所に、差し障りがあって久しく来ないまま年が改まり、その翌年の春、三月の末日に贈ったものである。第百三十七首と第百三十八首は藤原雅正が紀貫之に贈った歌で、第百三十九首と第百四十首はそれに対する貫之の返歌である。
作者の藤原雅正は藤原兼輔の子で、周防守などを務めた。紫式部の祖父にあたる。
初句「君来ずて」の「ずて」は打消で、あなたが来ないまま、の意である。
二句「年は暮れにき」の「にき」は完了と過去で、年は暮れてしまった、の意である。ここで句切れとなる。
三句「立ちかへり」は、年が改まって、の意である。
四句「春さへ今日に」の「さへ」は添加で、年ばかりか春までも今日で終わる、の意である。本巻ではここから、三月の末日に春を惜しむ歌が巻末まで続いていく。
結句「なりにけるかな」の「かな」は詠嘆である。本巻の第百四十一首も同じ「なりにけるかな」で結ばれている。
つごもり:月の末日
さはる:差し支える
たちかへる:年が改まる
- 作者
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藤原雅正
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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常よりものどけかるべき春なれば 光に人の逢はざらめやは
- 次の歌
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ともにこそ花をも見めと待つ人の 来ぬものゆゑに惜しき春かな