花鳥の色をも音をもいたづらに
物憂かる身は過ぐすのみなり
- 歌の意味
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花の色も鳥の声も、むなしく、もの憂い身である私は、ただ見過ごし聞き過ごすばかりである。
- 鑑賞
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巻第四 夏歌 212
詞書「返し」
前歌で、花も散りほととぎすも去るまで訪ねられなかったと詠んだ紀貫之に対し、花の色も鳥の声も、もの憂い身の自分はむなしく過ごすばかりだと返した歌である。病の友を気づかい、自分もまた季節を楽しむことなく過ごしていると寄り添っている。
前歌の第二百十一首と贈答をなす。
作者の藤原雅正は藤原兼輔の子で、周防守などを務めた。紫式部の祖父にあたる。
初句「花鳥の」は、花と鳥の、の意で、前歌の「花」と「郭公」をまとめて受けている。
二句「色をも音をも」は、花の色も鳥の声も、の意で、初句の花と鳥にそれぞれ対応している。
三句「いたづらに」は、むなしく、何の甲斐もなく、の意である。
四句「物憂かる身は」は、もの憂い我が身は、の意で、季節を楽しむ気力のない身を表している。
結句「過ぐすのみなり」は、過ごすばかりである、の意である。本巻の第百九十七首の結句「過ぐすなりけり」と、同じ「過ぐす」を共有している。
ものうし:何となく気が進まない、おっくうである
- 作者
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藤原雅正
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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花も散り郭公さへいぬるまで 君にもゆかずなりにけるかな
- 次の歌
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夏虫の身を焚き捨てて玉しあらば 我とまねばむ人目守る身ぞ