露だにも名立たる宿の菊ならば
花の主やいく世なるらん
- 歌の意味
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露でさえ名高い宿の菊であるならば、その花の主は、どれほどの年を生きるのだろうか。
- 鑑賞
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巻第七 秋歌下 395
詞書「返し」
露でさえ名高い宿の菊であるならば、その花の主であるあなたは、いったいどれほどの年を生きるのだろうかと返した歌である。伊勢の長寿を祝い返し、名高い伊勢その人をたたえている。
前歌の第三百九十四首と贈答をなす。前歌が雅正の長寿を祝ったのに対し、本歌は花の主である伊勢の長寿を祝っている。
作者の藤原雅正は藤原兼輔の子で、周防守などを務めた。紫式部の父藤原為時は雅正の子で、雅正は紫式部の祖父にあたる。
初句「露だにも」の「だに」は、さえ、の意で、露でさえ、の意である。
二句「名立たる宿の」は、名高い宿の、の意で、前歌の四句と同じ言葉で応じている。
三句「菊ならば」は、菊であるならば、の意である。
四句「花の主や」の「主」は、菊の持ち主である伊勢を指し、「や」は疑問の係助詞である。
結句「いく世なるらん」は、どれほどの年を生きるのだろうか、の意で、四句の「や」と連体形「らん」が係り結びをなしている。
あるじ:主人、持ち主
いくよ:どれほどの年月
- 作者
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藤原雅正
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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数知らず君が齢を延ばへつつ 名立たる宿の露とならなん
- 次の歌
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菊の上に置きゐるべくもあらなくに 千歳の身をも露になすかな