常よりものどけかるべき春なれば
光に人の逢はざらめやは
- 歌の意味
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閏月があって、いつもよりのどかであるはずの春なのだから、その光に人が巡り逢わないことがあろうか、きっと逢えるだろう。
- 鑑賞
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巻第三 春歌下 136
詞書「返し」
前歌で、春に必ず巡り逢うすべがほしいと任官の望みを託した紀貫之に対し、いつもよりのどかな春だから、その光に逢えないことがあろうかと励ました返歌である。春の日の光に、為政者として与える恩恵を重ねている。
前歌の第百三十五首と贈答をなす。
作者の「左太臣」は藤原忠平である。原文の「左太臣」は左大臣の意である。藤原基経の四男で、左大臣、太政大臣を経て摂政、関白となった。紀貫之らの歌人を庇護した。
初句「常よりも」は、いつもよりも、の意で、閏月によって春が長いことを示している。本巻の第百七首、第百十八首も同じ「常よりも」で始まっている。
二句「のどけかるべき」は、のどかであるはずの、の意である。本巻の第九十二首も「のどけき」と春ののどかさを詠んでいる。
三句「春なれば」は、春であるので、の意で、理由を示す。
四句「光に人の」の「光」は、春の日の光であるとともに、恩恵や威光の意を込めている。
結句「逢はざらめやは」の「やは」は反語で、逢わないことがあろうか、きっと逢えるだろう、の意である。前歌の第百三十五首の「逢ふよしもがな」を受けて、望みのかなうことを請け合っている。
ひかり:日の光、また恩恵や威光
- 作者
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藤原忠平
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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余りさへありて行くべき年だにも 春に必ず逢ふよしもがな
- 次の歌
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君来ずて年は暮れにき立ちかへり 春さへ今日になりにけるかな