わが宿の庭の秋萩散りぬめり
後見む人やくやしと思はむ
- 歌の意味
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わが家の庭の秋萩は散ってしまったようだ。後で見ようとする人は、悔しいと思うだろうか。
- 鑑賞
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巻第六 秋歌中 299
詞書は前の歌に続き「秋の歌とてよめる」
わが家の庭の秋萩はもう散ってしまったようだ、後で見に来ようと思っている人は悔しく思うだろうかと詠んだ歌である。萩の盛りを見逃す人を思いやることで、花の散ることを惜しむ心を表している。
本巻の第二百九十八首から第三百首までは、詞書「秋の歌とてよめる」のもとに秋萩の歌が三首並んでいる。
作者の「むねゆきの朝臣」は源宗于である。光孝天皇の皇子是忠親王の子で、源の姓を賜って臣籍に下った。右京大夫に至り、三十六歌仙の一人である。小倉百人一首には「山里は冬ぞ寂しさまさりける」の歌が採られている。
初句「わが宿の」は、わが家の、の意である。本巻の第三百五首も同じ初句で始まっている。
二句「庭の秋萩」は、庭の秋萩、の意で、前歌の野辺の秋萩に対し、庭の萩を詠んでいる。
三句「散りぬめり」の「めり」は推定の助動詞で、散ってしまったようだ、の意である。ここで句切れとなる。
四句「後見む人や」の「む」は意志、「や」は疑問の係助詞で、後で見ようとする人は、の意である。
結句「くやしと思はむ」の「む」は推量の助動詞の連体形で、四句の「や」と係り結びをなし、悔しいと思うだろうか、の意である。
やど:家、住まい
- 作者
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源宗于
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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行き帰り折りてかざさむ朝な朝な 鹿立ちならす野辺の秋萩
- 次の歌
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白露の置かまく惜しき秋萩を 折りてはさらに我や隠さん