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幾木ともえこそ見分かね秋山の
紅葉の錦よそに立てれば

歌の意味
何本の木ともとても見分けられない。秋の山の紅葉の錦が、遠くに立っているので。
鑑賞
巻第七 秋歌下 387

詞書「人々もろともに浜づらをまかる道に、山の紅葉をこれかれ詠み侍りけるに」
 秋の山の紅葉の錦は遠くに立っているので、何本の木なのか見分けることもできないと詠んだ歌である。一本一本の木の区別がつかないほど、山全体が一枚の錦となっているさまを表している。
 詞書によれば、人々と一緒に浜辺を行く道の途中で、山の紅葉を皆で詠んだときのものである。前歌が近く竜田山の紅葉を錦と見たのに対し、本歌は遠くから山の紅葉の錦を眺めている。
 作者の「たたみね」は壬生忠岑である。古今和歌集の撰者の一人で、右衛門府生などを務めた。三十六歌仙の一人で、小倉百人一首には「有明のつれなく見えし別れより」の歌が採られている。子に壬生忠見がいる。

 初句「幾木とも」は、何本の木とも、の意である。
 二句「えこそ見分かね」の「え」は打消と呼応して不可能を表し、「こそ」と已然形「ね」が係り結びをなす。とても見分けられない、の意で、ここで句切れとなる。
 三句「秋山の」は、秋の山の、の意である。
 四句「紅葉の錦」は、紅葉を錦に見立てたもので、前歌の結句の「錦」を受けている。
 結句「よそに立てれば」は、遠くに立っているので、の意で、二句と倒置の関係にあり、見分けられない理由を後から示している。

よそ:遠く離れた所
みわく:見分ける、区別する
作者
壬生忠岑
出典
後撰和歌集
前の歌
唐衣たつたの山の紅葉葉は はた物もなき錦なりけり
次の歌
秋風のうち吹くからに山も野も なべて錦に織りかへすかな