- 歌の意味
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竜田の山の紅葉は、機織りの道具もなしに織り上げた錦であったよ。
- 鑑賞
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巻第七 秋歌下 386
詞書「題しらず」
竜田の山の紅葉は、機織りの道具も使わずに織り上げた錦であったと詠んだ歌である。人の手によらず自然が織りなした錦として、紅葉の見事さをたたえている。
本巻の第三百八十三首と同じ「唐衣たつたの山の紅葉葉は」を上の句に置き、第三百八十三首が紅葉を物思う人の袂と見たのに対し、本歌は機なしで織った錦と見ている。
作者の「つらゆき」は紀貫之である。紀望行の子で、古今和歌集の撰者の中心となり、仮名序を書いた。土佐守などを務め、土佐日記の作者としても知られる。三十六歌仙の一人である。
初句「唐衣」は、衣を「裁つ」ことから「たつ」にかかる枕詞である。
二句「たつたの山の」の「たつ」は、衣を「裁つ」意と、地名の「竜田」を掛けた掛詞である。
三句「紅葉葉は」は、紅葉した木の葉は、の意で、本巻の第三百八十三首と初句から三句までが同じ言葉である。
四句「はた物もなき」の「はた物」は機織りの道具で、機もない、の意である。
結句「錦なりけり」の「けり」は気づきの詠嘆で、錦であったよ、の意である。「錦」は初句の「唐衣」、四句の「はた物」の縁語である。
たつ:衣を「裁つ」意と、地名の「竜田」を掛ける
はたもの:布を織る道具、機
- 作者
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紀貫之
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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唐錦たつたの山も今よりは 紅葉ながらに常盤ならなん
- 次の歌
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幾木ともえこそ見分かね秋山の 紅葉の錦よそに立てれば