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月影を我が身にかふる物ならば
思はぬ人もあはれとや見む

歌の意味
月の光を私の身と取り替えることができるならば、私を思ってくれない人も、しみじみと心ひかれて見てくれるだろうか。
鑑賞
巻第十三 恋歌三 793

詞書「題しらず」
 月の光と我が身を取り替えられるなら、私を思ってくれない人も心ひかれて見てくれるだろうかと詠む歌である。誰もが見とれる月の光をうらやみ、つれない恋人にせめて月のように見つめられたいと願う心を詠んでいる。
 作者の「たたみね」は壬生忠岑である。古今和歌集の撰者の一人で、壬生忠見の父である。三十六歌仙に数えられ、百人一首の「有明のつれなく見えし別れより」の歌で知られる。

 初句「月影を」は、月の光を、の意である。
 二句「我が身にかふる」は、私の身と取り替える、の意である。次歌の第七百九十四首とともに、月が見えることと恋の思いを結びつけている。第八百三十四首の四句「我が身と今は」と、我が身を物に替えたいという趣向を共有している。
 三句「物ならば」は、ものであるならば、の意で、仮定を表す。
 四句「思はぬ人も」は、私を思ってくれない人も、の意である。
 結句「あはれとや見む」は、しみじみと心ひかれて見るだろうか、の意で、係助詞「や」を受けて推量の助動詞「む」の連体形で結んでいる。

かふ:替ふ。取り替える
作者
壬生忠岑
出典
拾遺和歌集
前の歌
今宵君いかなる里の月を見て 都に誰を思ひ出づらむ
次の歌
独り寝る宿には月の見えざらば 恋しき事の数はまさらじ