松山の末越す浪のえにしあらば
君が袖には跡もとまらじ
- 歌の意味
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末の松山の梢を越えていく浪のような、移り気な縁であるならば、あなたの袖には、浪の寄せた跡もとどまらないでしょう。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌五 932
詞書「返し」
末の松山の梢を越える浪のような縁であるならば、あなたの袖には跡もとどまらないだろう、と詠んだ歌である。末の松山を浪が越えるという心変わりのたとえを用い、あなたの縁は移り気なものだから、袖に浪の跡も残らないだろうと切り返している。
前歌の第九百三十一首への返歌である。前歌の松、浪、袖、「えにし」をすべて受け、変わらぬ縁を言う相手に、浪が松山を越える心変わりの縁で答えている。末の松山を浪が越えることは、古今和歌集の東歌「君をおきてあだし心をわが持たば末の松山浪も越えなむ」以来、心変わりのたとえとされる。
作者の土左は、後撰集の時代の女房で、詳しい伝は未詳である。
初句「松山の」は、陸奥の歌枕の末の松山の、の意で、前歌の「松」を受けている。
二句「末越す浪の」は、梢を越えて行く浪の、の意で、浪が松山を越えることは心変わりのたとえである。前歌の「浪」を受けている。
三句「えにしあらば」は、縁があるならば、の意で、「えにし」に松の「枝」と「縁」を掛けている。前歌の三句と同じ句を用いている。
四句「君が袖には」は、あなたの袖には、の意で、前歌の「袖」を受けている。
結句「跡もとまらじ」は、跡もとどまらないだろう、の意で、「じ」は打消しの推量の助動詞である。
すゑのまつやま:陸奥の歌枕。浪が越えることは心変わりのたとえとされた
えにし:松の「枝」と、縁の意の「えにし」を掛ける
- 作者
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土左
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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深緑染めけん松のえにしあらば 薄き袖にも浪は寄せてん
- 次の歌
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深く思ひそめつと言ひし言の葉は いつかあき風吹きて散りぬる